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植物とコミュニケーションする方法|霊感がなくても植物の声は聴ける?

 以前、このように言われたことがあります。

 

「繊細な感覚が分かる人というのは、生まれつき霊感が備わっている、特別な人なのでしょう?」

 

けれど、私は必ずしもそうではないと思っています。

 

もちろん、生まれつき感覚が開いている方もいらっしゃいます。

 

けれど、繊細な感覚というものは、限られた人だけに与えられた特別な能力ではなく、誰の内側にも眠っているものだと感じています。

 

私のサロンでも、セッションにお越しになる方の中には、回数を重ねるごとに、少しずつ感覚が澄んでいく方がいらっしゃいます。

 

最初は「よく分からない」とおっしゃっていた方が、ある時から空間の違いを感じるようになったり、植物やエッセンスの印象を受け取りやすくなったり、ご自身の内側の微細な変化に気づくようになったりします。

 

ですから、私はそれを、特別な能力というよりも、 本来の感覚が静かに目覚めていく過程だと思っています。

 

ただし、そのためには、自分の思考や感情を少しずつ澄ませていくことが大切です。

 

頭の中が忙しすぎたり、不安や思い込みが強く働いていたりすると、繊細な情報はかすかな風のように通り過ぎてしまいます。

 

まるでラジオの周波数を合わせるように、 自分自身を静かな状態に整え、受け取りたい対象に意識を向けていく。 植物とのコミュニケーションも、その延長線上にあります。

 植物には、それぞれ固有の気配があります。

 

やわらかく包み込むような植物。

すっと背筋を伸ばしてくれるような植物。

心の奥に眠っていたものを、静かに照らしてくれるような植物。

 

その植物の前に立った時、あるいはそっと触れた時、私たちの内側には何かしらの反応が起こります。

 

「胸のあたりが温かくなった」

 

「呼吸が深くなった」

 

「目が覚めるような感じがした」

 

「なぜか懐かしい気持ちになった」

 

「色や景色のようなイメージが浮かんだ」

 

はじめは、そのような小さな感覚かもしれません。

 

けれど、その小さな感覚を丁寧に受け取っていくと、次第にそれが色となり、イメージとなり、言葉となって届いてくることがあります。

 植物とのコミュニケーションは、必ずしも人間同士の会話のように、はっきりとした言葉で聞こえるものではありません。

 

むしろ最初は、 身体の感覚、心の動き、印象、気配、映像、香りのような記憶として届くことが多いのです。

 

そこで多くの方が不安になるのが、「これで合っているのかな?」 「ただの気のせいではないのかな?」 「自分の想像と、植物から受け取ったものの違いが分からない」 ということです。

 

この不安は、とても自然なものです。 だからこそ、ボタニカルコミュニケーションの講座では、ただ「植物の声を聴きましょう」とお伝えするだけではなく、参加者の方がどのように受け取っているのかを見ながら、丁寧に確認していきます。

 

どこに意識を向けるとよいのか。 植物のエネルギーに触れた時、どのような反応が起きているのか。 自分の思考や感情と、植物から届く印象をどのように見分けていくのか。

 

当日は、その方の感覚の使い方を見ながら、必要なコツをお伝えしていきます。

 

植物の周波数とは何か。 どこに意識を合わせればよいのか。

 

合わせてみたけれど、本当に合っているのか。 そのようなことを、一人で悩む必要はありません。

 

大切なのは、受け取った小さな感覚を、すぐに否定しないことです。

 

「こんな言葉が聴こえた気がする」

 

「この植物は、こういう印象に感じる」

 

「なぜか、こう伝えているように思う」

 

その繊細な一瞬を、丁寧に拾い上げていくこと。

 

植物とのコミュニケーションは、エネルギーで伝わります。

 

植物に触れると、言葉になる前の、繊細な響きのようなものを感じることがあります。

 

その響きは、最初はとても淡く、はっきりしないかもしれません。

 

けれど、静かに向き合い、信頼し、受け取る練習を重ねていくことで、植物が持つ気配やメッセージを、少しずつ感じ取れるようになっていきます。

 

植物は、いつも大きな声で語るわけではありません。

 

けれど、こちらが静かになり、心の耳を澄ませた時、 葉の揺れ、香り、色、触れた時の感覚を通して、 とても深いことを伝えてくれることがあります。

 

ボタニカルコミュニケーションは、植物を特別な存在として遠くから眺めるのではなく、植物と静かに関係を結び直していく時間です。

 

自然界の声を聴くこと。

 

そして同時に、自分自身の内側にある繊細な感覚を思い出していくこと。

 

植物との対話は、外側の世界とつながるようでいて、実は自分自身の静けさへ還っていく道でもあるのです。